パテントトロール問題は対岸の火事ではない

現在の特許システムが本質的に抱えている最も重大な問題のひとつにパテントトロールの問題があります。

パテントトロールの定義は人により多少のブレがありますが、自分では特許発明を実施することなく、他社への権利行使により多額のライセンス料や損害賠償金を獲得することを目的としている企業を指すことが通常です。他社への特許攻撃に積極的であっても、自社でも特許発明を実施しているOracleやAppleのことをパテントトロールと呼ぶことは通常ありません。一方、他社からの特許ライセンスを収益の中心をする企業であっても、たとえば、友好的なライセンス戦略を取っているドルビー研究所をパテントトロールと呼ぶことはないと思います。

パテントトロールを敢えて日本語に訳すと「特許ゴロ」になるのでしょうが、ちょっとニュアンス的にきつい感じがします。米国では、より中立的なニュアンスの言葉としてNPE(Non-practicing Entity)と呼ばれることがあります。

以前に、特許攻撃を受けた場合の解決策としてクロスライセンスが重要と書きました。クロスライセンスを行なうことで、より多くの企業が発明によるイノベーションの恩恵を受けることができますし、かつ、発明者は金銭的インセンティブを得られますので、理想的な解決策と言えます。

パテントトロール問題の核心は、このクロスライセンス戦略が解決策にならない点にあります。パテントトロールは製品を作っているわけではないので、クロスライセンスを受けようが受けまいが関係ありません。いわば、「失う物は何もない」状態で攻めてきますので攻められた側はたまりません。侵害訴訟で破れれば、言い値でライセンス料(と場合によっては損害賠償金)を支払うか、発明の使用を止める(設計変更するかあるいは事業撤退するかの二者択一を迫られることになります。

日本でもパテントトロール問題はないわけではないのですが、やはり、米国におけるケースが多いです。特に、ソフトウェア特許の分野ではこれが当てはまります。理由は、そもそも米国の発明者が日本に出願してないことがあること、日本はソフトウェア特許の審査において米国よりも基準が厳しいので同じ発明が米国では特許化され日本ではされないことが多いこと、そして、一般に日本での特許侵害訴訟における権利者の勝訴率はそれほど高くないことが挙げられます。

たとえば、日本ではあまり報道されていないですが、Lodsysという米国のパテントトロールが、Brother、Canon、HP、Lexmark, Samsungなどを訴えたことが話題になっています(参考記事)。さらに、Lodsysは、メーカーだけではなく、AdidasやBest Buyなどのエンドユーザーや小売店も訴えています(参考記事)。確かに、特許を使った製品の使用や販売も特許の「実施」なので、訴えることは法律的には問題ないのですが一般的企業間の特許訴訟であれば生産者を訴えるのが普通です。私見ですが、生産者以外も訴えることが「悪性パテントトロール」の特性の一つではないかと思います。

こういう「掟破り」のパテントロールが出てくると、日本もパテントトロール問題を対岸の火事と眺めていられないようになってきたと思います。これは、BrotherやCanonなどのグローバル企業は当然として、一般のデベロッパーについても言えます。たとえば、LodsysはiOS向けのサードパーティデベロッパーまで訴え始めています(参考記事)(スクエア・エニックスやAngry BirdでおなじみのRovioなども訴えています(参考記事))。日本のデベロッパーにとってApp StoreやAndroid Marketはグローバルなビジネスを容易に展開できる強力な武器ですが、その一方で、米国のパテントトロール問題に巻き込まれるリスクも増してしまったことになります。直接訴えられることはなくとも、プラットフォームであるiOSやAndroidがパテントトロールの攻撃に屈して設計変更を強いられることになると、それに依存するアプリケーションも大幅な変更が必要になる可能性もあります。

ではどうすればいいのかというと、個人や小規模企業ができることはあまりないと思われます。せめて、情報収集を積極的に行ない、事前に回避するくらいです(このブログでもできるだけ分析を提供情報していこうと思います)。また、Lodsysの要求額は米国内の売上げの0.575%だそうなので、万一要求された場合には、悔しいですが割り切って支払ってしまうというのもビジネス上の戦略としてはしょうがないかなという気もします。

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