いろいろと問題が指摘されつつも結局成立してしまったいわゆる違法ダウンロード刑事罰化の著作権法改正ですが、その条文がかなりわかりにくい状態になっています。著作権法の条文(その意味で言えば知財関連法の条文)はもともと複雑なのですが、違法ダウンロード関連は後からパッチ的に追加されたこともあり、とりわけわかりにくくなっています。
119条3項
第三十条第一項に定める私的使用の目的をもつて、有償著作物等(録音され、又は録画された著作物又は実演等(著作権又は著作隣接権の目的となつているものに限る。)であつて、有償で公衆に提供され、又は提示されているもの(その提供又は提示が著作権又は著作隣接権を侵害しないものに限る。)をいう。)の著作権又は著作隣接権を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権又は著作隣接権の侵害となるべきものを含む。)を受信して行うデジタル方式の録音又は録画を、自らその事実を知りながら行つて著作権又は著作隣接権を侵害した者は、二年以下の懲役若しくは二百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
特にややこしいのは「(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権又は著作隣接権の侵害となるべきものを含む)」というカッコ書きの、あたかも英語の仮定法過去構文のような表現です。しかも、この部分に関する逐条解説的なものがまだないように思えます(もしあるのをご存じの方がいたら教えてください)。なお、以前に改正された違法ダウンロード(刑事罰がつかない方)の規定である30条1項3号にもこの「国内で行なわれたとしたならば」的な記載があります。
そもそも、なぜこのような変な規定にせざるを得ないかというと、著作権法の適用では一般的に属地主義(行為が行なわれた国の法律を適用)が採用されると考えられているからです(参考Wikipediaエントリー「著作権の準拠法」)。
たとえば、中国で権利者の許諾なくコンテンツを配信すると、原則的に中国の著作権法によって裁かれます(例外的ケースについては後述)。単純に、「違法に配信されているコンテンツをダウンロードするのは違法」という規定にしてしまうと、海外で配信されているコンテンツについては対象外とされてしまいかねません(配信行為が日本の著作権法に反しているわけではないため)。かと言って、「海外で配信されたものについてはその国の著作権を侵害して〜」みたいな書き方をして、海外の法律によって日本の法律の効果が変わるような書き方もよろしくないので、「国内で行なわれたとしたならば〜」という形に落ち着いているのだと思います。
実際、他にも似たような書き方をしている法文はあります。たとえば、組織犯罪処罰法では、
2条2項:この法律において「犯罪収益」とは、次に掲げる財産をいう。
財産上の不正な利益を得る目的で犯した別表に掲げる罪の犯罪行為(日本国外でした行為であって、当該行為が日本国内において行われたとしたならばこれらの罪に当たり、かつ、当該行為地の法令により罪に当たるものを含む。)により生じ、若しくは当該犯罪行為により得た財産又は当該犯罪行為の報酬として得た財産(以下略)
という規定にすることで国外犯についても対象を広げています。ここで、「当該行為」とは組織殺人とか偽札作りとかそういう話です。こういう行為はいかなる文脈においても犯罪と考えられる(殺人や偽札作りの許諾を受けるということは想定できない)ので、こういう規定ぶりでも特に問題はないかと思います。
ところが、著作権法119条3項の話はこれほど簡単ではありません。第一に、この条文によって刑事罰の対象になるのは、国外で配信した人ではなく、 国内でダウンロードした人です。第二に、殺人や偽札作りとは違い、著作権侵害が成立するか否かは権利者の許諾(契約)があるかどうかによって変わります。
もう少し具体的なパターンに分けて考えてみようと思います。
パターン1:海外の未許諾サイトから送信されるコンテンツを日本からダウンロードした場合
この場合は当然に(故意等を要件として)刑事罰対象になるでしょう。というかこのようなパターンにおいて、国外での行為の違法性を問うまでもなく日本のダウンロード者を検挙できるようにするのがこのカッコ書きの目的と思われます。
パターン2: 海外で合法的に配信されているコンテンツで日本からのアクセスが規約上禁止されているものを日本からダウンロードした場合
典型的にはSpotifyなどのように海外では合法に展開されているが、日本ではまだ展開されていないサービスを日本から使った場合です(このブログでも以前のエントリーで検討しました)。サービス提供者とユーザーの間の契約違反になるのはほぼ確実として、著作権侵害になるのか(故意であれば刑事罰対象になるのか)という点がポイントです。
前にも書いたとおり、サービス提供者が日本国内のサーバから配信したとしたならば著作権を侵害するかどうかは、サービス提供者と権利者(著作権管理団体や原盤権者)との契約により決まります。日本から配信してよいという契約がなければ、少なくとも文言上は「国内で行われたとしたならば著作権又は著作隣接権の侵害となるべきもの」になってしまうと思われます。
現実には「その事実を知って」などの要件が満足されないとは思いますが、一般人には知るよしもないサービス提供者と権利者の間の契約内容によって刑事罰が適用されるかされないかが決まるのはあまりよろしくないと思います。
この件に関してさらに付け加えると、壇俊光弁護士のブログ記事では、日本では著作権法関連犯罪については属人主義が採用されていることから、日本人が外国にいる時にその国で合法的に配信されている(しかし、まだ日本では配信されていない)コンテンツをダウンロードしてしまうと刑事罰の対象になり得るという危険性が指摘されています(これも、現実には「その事実を知って」などの要件が満足されないとは思いますが)。
パターン3: そもそも配信の許諾が不要な国から配信されるコンテンツを日本からダウンロードされた場合
最も典型的なケースは日本よりも著作権の保護期間が短い国(今後、仮に日本の著作権保護期間が延長されると、たとえば、中国は日本より保護期間が短くなります)でパブリックドメインとして配信されているコンテンツを日本からダウンロードする場合です。
おそらくはこのパターンも禁止したいのが法改正の趣旨だと思います(そうしないと保護期間延長の意味が半減してしまいますので)。しかし、パターン2とは異なり、このパターンでは配信側にとって日本で別途許諾を得る動機がほとんどないので、日本から合法的にダウンロードできる機会が制限されてしまう可能性があると思います。
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なお、念のため書いておくとこのブログエントリーの趣旨(そして、おそらくは壇先生のブログエントリーの趣旨)はダウンロード者をどんどん検挙せよということではありません。条文を文言通りに解釈するとさほど悪質ではない人まで犯罪者になってしまうような条文の書き方はおかしくないか、検討が足りていないのではないか、一般人にもわかりやすい形での情報提供が足りていないのではないか、ということであります。まあたぶん立法者側としては「国内のLマーク付きのサイトからダウンロードすれば安心、それ以外のサイトは危険」ということにしておきたいのかもしれません。