安価な3Dプリンターの普及により、従来であれば金型作成などに多額の投資と長いリードタイムが必要だった物理的な商品の生産を個人が安価に少量生産できる可能性が広がりました。今までデジタルなソフトウェアやコンテンツの世界に限定されていたロングテール的な考え方が、フィジカルな「ものづくり」の世界にも広がっていく可能性が出てきています。これがいわゆるMAKERムーブメントです。
知財の観点から言うと、3Dプリンターによりものを作るのも簡単になる一方で、真似するのも簡単になってしまいます(たとえば、3Dスキャナー使ってデッドコピーなどもできてしまいます)ので、物理的な商品の外観の保護が今まで以上に重要になってきます。
この観点から注目すべき知財権のひとつが工業デザインを保護する意匠権です。意匠権の概要と今後、および、MAKERムーブメントの関係については、EnterpriseZineに連載中の知財記事で書きましたので是非ご一読ください。
このブログ記事では、MAKERムーブメントに関連して、意匠権以外にもうひとつ注目すべき知的財産権である実用新案権について書きます。
実用新案制度は特許制度の簡易版のような位置づけで、ライフサイクルの短い商品に関するシンプルな技術的アイデアを保護するための制度です。(法律上は、特許法の保護対象になる技術的アイデアのことを「発明」と呼び、実用新案法の保護対象になるアイデアのことを「考案」と呼んでいます。「発明」は「考案」より高度なものであると定義されていますが、明確な境界線があるわけではありません。)
特許権と比較した実用新案権の最大の特徴は無審査登録主義である点にあります。
ご存じのように特許権は特許庁の審査を経て、新規性・進歩性等の要件を満足すると認定されて登録査定を得ることで初めて権利が発生します。権利発生までには通常3年程度かかります(早期審査制度を使うと半年くらいで登録されることもあり)、費用的には特許庁に対する出願審査請求料金等で最低でも15万円くらいかかります(+代理人手数料がかかるので総額50万円くらい)。
これに対して、実用新案権は出願して形式的に間違っていなければ即登録されます(登録までの費用は弊所の場合だと10万円くらい)。ただし、権利行使(他人に対する差止めや損害賠償請求)を行なうためには、特許庁に技術評価書という一種の審査書類の作成を請求する必要があります(期間は3カ月くらい、費用は5万円くらいなので特許より安くて速いです)。新規性・進歩性等についてポジティブな技術評価書をもらえないと権利行使できません。
要は特許は審査してから登録(権利は一応安定)、実用新案は登録してから権利行使のために審査(登録しただけでは権利は不安定)ということになります。確実に権利を取っておきたいアイデアは特許で、とりあえずダメ元でも押さえておけばよいレベルのアイデアは実用新案でという使い分けができます。なお、特許の保護期間が出願から20年であるのに対して、実用新案権の保護期間は10年です。
と、目的によっては便利に使える実用新案権なのですが、その対象となる考案は「物品の構造・形状・組み合わせ」に関するものでなくてはならないので、方法、プログラム、情報システムに関するアイデアは対象になりません。要するにソフトウェア間連のアイデアを実用新案権で保護することはできません。この理由により、IT関係者にとって、実用新案権はあまり縁のないものだったと思います。
しかし、MAKERSムーブメントの進展によって、この状況が変わっていく可能性も出てきたかと思います。今まであまり「ものづくり」に縁がなかったソフトウェア系の専門家の方も実用新案権をちょっと気にしておいてもよいかもしれません。
なお、意匠権はデザインとしての(広義の)美しさを保護する権利ですが、実用新案は機能的なアイデアを保護するものですので、同じ物品が両方によって保護される可能性もあります。たとえば、抜けにくいUSBコネクタのアイデアがあったならば、その構造を実用新案権で保護し(もちろん、特許でも保護可能)、工業デザインとしては意匠権で保護することも可能です(もちろん、新規性・進歩性等の要件が満足されることが前提です)。