日本の著作権制度は「非破壊型」スキャナーに対応できるのか

昨年の暮にちょっと話題になった「自炊の森」。コミックや同人誌の裁断済本を閲覧させ店に設置したスキャナーで客がその場でスキャンし電子化できるというビジネスモデルですが、オープンを延期してWebサイト上では1月中旬正式オープン予定となっています(もう1月中旬に突入していますがどうなるのでしょうか?)

事実上、書籍の電子版を勝手に販売しているのに等しいので道義的な面から非難が殺到したのは当然ですが、法律的にはどうなのでしょうか?Togetterで運営者自身が述べているように、法律を文言通り解釈するとOKのように見えます。

1)マンガ喫茶のように店内で書籍を閲覧させるだけで店外に持ち出さないのであれば著作権者の権利は及ばない(「貸与権が及ぶのでは」という少数説あり)。裁断本であってもそれは同じ。

2)著作権法30条では、複製物を使用する者が複製することが私的使用目的の複製が認められる要件のひとつになっているが、スキャン代行業者とは異なり「自炊の森」では客自身がスキャン操作を行っているのでこの点は問題なし。なお、複製の元が自分の所有物という要件はないのでこれも問題なし。

3)著作権法30条1項1号では「公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器」での複製は私的使用目的複製にならないとされていますが、さらに著作権法附則5条の2において経過措置として、例外の例外(ややこしい)が規定されており、「専ら文書又は図画の複製に供するもの」は30条1項1号の自動複製機器に含まないとされていますので結果的に問題なし(この点はビデオやCDのダビング機を貸レコード屋の店頭に設置するのとは違います)。

しかし、現実に法的な争いが生じた場合にはいわゆる「カラオケ法理」という判例上ほぼ確定した解釈の適用により違法とされてしまう可能性が高いと思います(Wikipediaにおける「カラオケ法理の解説」)。要は、店がスキャナーを提供し、管理し、かつ利益を得ているので、形式上は客が複製(スキャン)しているが、実質的には店が複製していると考えるということです。飲食店が商売としてカラオケ機を提供して客に歌わせている時、客の歌唱は非営利・無報酬・入場無料なので自由にできるはずだ(著作権38条)という理屈は通らず、歌唱の主体は店である(ゆえに営利目的なので許諾がなければ違法)というちょっとと強引な解釈であります。Togetterでの情報では、「書籍の森」の運営者は法律上問題がないことを弁護士に相談したということですが、その弁護士さんが「カラオケ法理」適用の可能性を指摘しなかったとするならばちょっと手落ちだと思います(もちろん、リスクは指摘したが運営者自身が無視(軽視)したという可能性もあるでしょう)。

さて、ここからが本論ですが、上記附則5条の2のような規定がされた前提として、コンビニ等に設置されたコピー機で書籍(の一部)をコピーすることまで違法にすると影響が大きすぎるという考慮と、当時の技術では、本を丸ごと大量にコピー(スキャン)することは労力的に大変(本を買った方がまし)なので、「文書または図画」を例外扱いにしても弊害は大きくないという判断があったと思われます。この判断の前提が裁断機+高速スキャナーというテクノロジー進化により崩れてしまったわけです。

さらに言えば、書籍を裁断しなくてもスキャンをできる技術、いわば「非破壊的」スキャナーは既に実用化されています。本を開いた状態でカメラで読み取り、歪みをデジタル的に補整すればよいだけなので技術的にはさほど高度というわけではないでしょう(ページめくりのメカ的な部分はそれなりのノウハウが必要とされるかもしれませんが)。たとえば、グーグルが使っている特許テクノロジーがあります(参考ブログエントリー)。東大の研究もあるようです(参考YouTube動画)。また、先日のCESでは、ページめくりこそ手動であるものの価格189ドルの製品が出品されていたようです(参考記事(英文))。

こういう非破壊型スキャナーが一般に市販されると、それを店内に設置して客に使わせるビジネスをやり出す人は当然に出てくるでしょう(ページめくりのメカはそれなりに高価・大型になると思われるので、それを時間貸しするモデルは理にかなっています)。さらには、この種の機器を古書店の店頭に設置したり、トラックに積んでイベント会場に乗り付けるなんてビジネスをやる輩が出てきた日には大変なことになるでしょう。

一般に、「法律的にOK/NGか」は「道義的にOK/NGか」とできるだけ一致していることが望ましいと言えます。道義的にどう考えてもおかしいことが法律上OKになっていたり、普通の人が誰でもやっている行為が法律上はNGである状況があるならば、それは法律(制度)を改訂すべきタイミングです。しかし、法改正にはそれなりの時間がかかります。著作権の権利制限を法文上の限定列挙方式でやる方式ではデジタルテクノロジーの進化に追随できないのではという議論はだいぶ前からありましたが、書籍スキャン問題はその典型的例であると思います。

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1 Response to 日本の著作権制度は「非破壊型」スキャナーに対応できるのか

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