「著作権特区」なんて意味がないと何回言ったらわかるのか

MSN産経ニュースに「「著作権特区整備を」 東京五輪へ文化プログラム協議」なんて記事が載ってます。

6年後の東京五輪に向け、日本文化を世界に発信するプログラムについて話し合われ、評議員からは「著作権の有無が不明で文化的に優れた作品を収集する著作権特区ミュージアムの整備を」

なんて議論があったそうです。行政が何かしなければいけないときにどこから手をつけていいかわからないので、とりえあず特区を提案するというのは良くあるパターンかと思います。

一般的に言って、特区、つまり、経済政策的な観点から地方自治体ないし政府が地域限定で実験的に特別なルールを決めることが効果的な場合もあるでしょう。たとえば、特定地域での税制優遇措置や規制緩和等です。

しかし、著作権は特区になじまないと思います(この話は以前も書きました)。著作権は基本的に私権だからです。加えて、コンテンツの流通は地域的に限定できるものではないという点もあります。

知財の中でも特許や商標は、特許庁が国民から料金を取って審査を行なうという行政(特許庁)対国民という要素があるので、まだ特区は意味があります。たとえば、地方自治体が特定地域の企業に出願料金を補助するなどです。しかし、著作権というのは、国民対国民の間の権利なので基本的には行政が口を出せる問題ではありません。

たとえば、JASRAC管理楽曲を無料で上演できる特区を作ろうとしても、JASRACは国の機関でも何でもなく、個人である作詞家・作曲家(または私企業である音楽出版社)の財産権を預かってる組織に過ぎませんのでどうしようもありません。仮に、国が秋元康氏(およびJASRAC)に依頼してお台場でのAKB48楽曲の上演には著作権を行使しないことを約束させたとしても、それは秋元氏による著作権の条件付許諾であって特区とは関係ありません(まあ、特区の定義をねじ曲げてこれも「特区」と呼んでしまうという手はあるのかもしれませんが)。

また、冒頭の「著作権の有無が不明で文化的に優れた作品を収集する著作権特区ミュージアム」の例ですが、もし美術作品の展示のことを言っているのならば、そもそも美術の著作物の屋内展示には著作権者の許諾はいりませんし、書籍のことを言っているのならば書籍の閲覧は著作権上の利用行為ではないので著作権は関係ありません。特定地域内だけで複製を許すという「特区」だとすると、その地域の外には複製物を持ち出せないのでしょうか?自由に持ち出し可能であれば特区でも何でもなくて全国的にOKにしている(つまり、著作権法を全面改正している)のと実質同じです。

「著作権特区」という無理筋を通すと、結局、箱物作りやバラマキに終わってしまう可能性が高いと思います(昔書いた関連記事)。

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